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2010年2月21日 (日)

英国 Cyclo Gear Co, Ltd

2010_0220_042 それぞれ大きく異なる市場・文化および競争環境のなかで生き延び、そして没落していったフランスの"Cyclo"(シクロ)と英国の"Cyclo"(サイクロ)・・・。 しかし、最高のツーリング自転車用変速機としての名声は今もしっかり生き続けています。

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"Le Cyclo"がフランスのツーリング自転車用変速機の市場を席巻しはじめていた1920年代、英国ではいまだ「変速機」に対する需要はほとんど芽生えていなかったようです。
というのも、英国のサイクル・ツーリスト達は26インチホイールを履き、44~48Tのチェーンリングに18Tのシングルスプロケットを装備した「ライトウェイト」と呼ばれる自転車で走り回っていました。 上りではジワジワと、下りではすばやくペダルを回し、よほどの急勾配では自転車を降りて押し歩く・・・というスタイルだったのです。 一方、レーシングシーンにおいても英国では平地を走る個人タイムトライアルが盛んだったため、多段ギアを備えていることが必ずしも優位とはいえなかったようです。

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そんなことから、"Le Cyclo"も1926年以降ごく僅かなマニアのために少しずつ英国への輸出が始まったものの、1929年末までの販売数は150個程度であったようです。
そのうえ、当時英国で標準だったハブやシャフト、それにフレームは3速フリーを装着するのにサイズが合わず、多くのメカニシャンが装着に難儀する状態にありました。
フランスの製造元でも何とか英国の輸入業者、Louis Camillisを力づけようと努力したものの、小さなフレームビルダー数軒がようやく"Le Cyclo"に合ったフレームを手がけてくれるにとどまっていたようです。

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1932年、Albert Raimondの勧めもあってLouis CamillisはバーミンガムでCycloの全製品を生産開始するとともに、1933年にはRaimondとの提携により「The Cyclo Gear Co. Ltd.」を設立するのでした。
とはいえ、1936年以前の英国の自転車雑誌も大半のサイクリストもこんな風に考えていたようです。「変速機なんて、真のサイクリストが使うシロモノじゃない」と。
ところが1937年、"Cyclo"を装備したマシンで次々と世界記録を塗り替えた超人レーサー、Hubert Oppermanの出現により状況は一転することとなりました。

さて、「The Cyclo Gear」社設立以降、ここが製造する変速機はフランス"Cyclo"のネジを英国規格に変えただけのコピーでしたが、第二次大戦後は"本家"とは異なる道をたどることになります。
1953年、Albert Raimondの死去に伴い、フランスのCyclo社はフリーホイールの製造にシフトしていくことになりましたが、英国最大の変速機メーカーとなった英国Cyclo社は次々と競争力のある変速機を発表していきました。
英国Cyclo社はその頃、50%以上の市場シェアを握っていたと思われます。 しかし、自転車生産台数が1955年にピークを迎え、以降急減していく環境の中でそれは決して安泰なポジションではありませんでした。 というのも、フランスで台頭著しいSimplex社やHuret社との競合に直面していたからです。
こうして、英国Cyclo社の変速機製造も1960年代後半に終焉を迎えたのでした。

ところで、写真でご紹介した英国Cyclo社の"Cyclo"、3速ギア用の1950年製。 Cyclo社に最も勢いのあった頃の製品です(製造年を示すアーム部の50という刻印が見えるでしょうか)。

※本記事は「The Dancing Chain ~ History and Development of the Derailleur Bycycle」を参考としたものです。

 

 

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